東京家庭裁判所 昭和41年(家)9776号 審判 1966年11月26日
申立人 秦仁山こと山田智子(仮名)
主文
記載錯誤につき、
本籍、東京都江東区○○○町二丁目九番地二筆頭者山田孝一の改製原戸籍中、
長女智子の身分事項欄に「昭和二三年六月一四日国籍中華民国山東省安邸県○○○村秦斗良と婚姻により国籍喪失父山田孝一届出同日世田谷区長田村保受附同月二一日送附除籍」とある記載を消除して、同人の戸籍を回復し、これを本籍、神奈川県川崎市○○○町三八六番地一筆頭者山田孝一の戸籍末尾に移記したうえ、同人の前記戸籍を消除する旨の戸籍訂正を許可する。
理由
一、申立人は、「本籍東京都江東区○○○町二丁目九番地二筆頭者山田孝一の改製原戸籍中、長女山田智子の身分事項欄中、『昭和二三年六月一四日国籍中華民国山東省安邸県○○○村秦斗良と婚姻により国籍喪失父山田孝一届出同日世田谷区長田村保受附同月二一日送附除籍』とある記載を削除し山田智子の戸籍を回復することを許可する」との審判を求め、その事由として述べるところの要旨は、
1 申立人は、昭和一五年頃留学生として来日して以来日本に居住する中国人秦斗良と知り合い、昭和二三年一月頃内輪で結婚披露を行ない、同人と事実上の婚姻をなし、以後内縁の夫婦として生活し、その間に昭和二三年一〇月一〇日長女秦英愛を、昭和二五年九月二九日二女秦礼美を、それぞれもうけている。
2 申立人および右秦斗良は、これまで、戸籍事務管掌者に対し婚姻届出を了していないから、その間に法律上有効な婚姻は成立しておらず、したがって申立人は日本国籍を喪失していないのにもかかわらず、申立人は右秦斗良との間に有効な婚姻が成立し、申立人は日本国籍を喪失し中国人として外国人登録令に基づく登録をしなければならないものと誤解し、これに関する手続の一切を実父山田孝一に依頼したため、同人は東京都世田谷区長に対し、申立人が昭和二三年六月一四日前記秦斗良と婚姻により国籍を喪失した旨の届出をなし、これが受理され、申立人は除籍されることとなった。
3 しかしながら、申立人は、前記秦斗良との婚姻届出を了していないことは前述のとおりで、したがって右国籍喪失並びに除籍の記載は、錯誤によるものであるから、家庭裁判所の許可をえて戸籍訂正のうえ、改めて二人の子の出生届出並びに前記秦斗良との婚姻届出を了したいので、本件申立に及んだというにある。
二、審案するに、申立人提出の各戸籍謄本および各外国人登録証明書の写し、東京法務局より送附された国籍喪失届およびその添付書類の謄本並びに申立人に対する審問の結果によれば、次の事実が認められる。
1 申立人は、本籍東京都江東区○○○町二丁目九番地二山田孝一、その妻山田美代の長女として大正四年一月二二日に出生し、右山田孝一の改製原戸籍に登載されていたものであるが、右山田孝一から昭和二三年六月一四日に申立人が国籍中華民国山東省安邸県○○○村秦斗良と婚姻したことにより日本国籍を喪失した旨の届出が東京都世田谷区長になされ、同区長はこれを受理し、同月二一日これを本籍地に送附したため、申立人の右戸籍の身分事項欄にその旨の記載がなされたうえ、申立人は除籍され、以来申立人は、前記秦斗良並びに同人との間に後記認定の如くもうけた二児とともに、国籍中国として外国人登録令(昭和二二年勅令第二〇七号)および外国人登録法(昭和二七年法律第一二五号)に基づく所定の外国人登録をして、今日に至っていること。
2 申立人は、昭和一五年頃留学生として来日し、慈恵医科大学を卒業後、そのまま滞日し、終戦後は中華民国駐日代表団に勤務していた前記秦斗良と知り合い、昭和二三年一月頃内輪で結婚披露を行なったのち、同人と東京都内において事実上の夫婦として同棲し、その間に昭和二三年一〇月一〇日長女秦英愛を、昭和二五年九月二九日二女秦礼美を、それぞれもうけているのであるが、今日まで正式に戸籍事務管掌者に対して婚姻の届出を了していないこと。
3 申立人の父山田孝一から1記載の如き届出がなされたのは、申立人およびその内縁の夫秦斗良が、中華民国民法によると、婚姻は公開の儀式と二人以上の証人があれば成立することになっているので(中華民国民法第九八二条)、内輪ではあるが結婚披露も行なわれたので、二人の間には有効な婚姻が成立し、しかもその旨を当時中華民国駐日代表団にも届出ているので、申立人は中国人の妻となり、夫の国籍を取得したことにより、日本国籍を喪失したものと誤解し、申立人よりその旨の届出を依頼されたことによるものであること。
三、さて、申立人の父山田孝一が、右認定の如く、申立人の国籍喪失届出を了した当時、施行されていた旧国籍法(明治三二年法律第二七号)第一八条の規定によれば、日本人が外国人の妻となり、夫の国籍を取得した場合には、日本国籍を喪失することになっていたのであるから、もし、当時申立人と前記秦斗良との間に有効な婚姻が成立しているならば、前記国籍喪失届出は事実に則したものであり、これに基づく一連の戸籍上の処理も正しいといわなければならない。
しかしながら、申立人と前記秦斗良の如く、日本人と外国人が日本において婚姻する場合においては、日本国法例第一三条第一項但書により、その方式は婚姻挙行地たる日本の法律によることを要するから、日本国民法第七三九条により戸籍法の定めるところに従って戸籍事務管掌者に対し婚姻届出を了しない限り、たとえその婚姻が当該外国人の本国法によれば所定の方式を具備しているとしても、有効な婚姻は成立しないものと解すべきである。
そうだとすれば、申立人と前記秦斗良とは、戸籍事務管掌者に対し婚姻届出を了していないことを前記認定のとおりであるから、その間には当時有効な婚姻は成立していないものというべく、したがって錯誤により申立人と前記秦斗良との間に有効な婚姻が成立し、申立人が中国の国籍を取得したことを前提としてなされた前記国籍喪失届出は事実に反したものであるといわなければならない。
よって前記国籍喪失届出に基づく一連の戸籍の処理はすべて記載の錯誤によるものであって、訂正を免れないものであるから主文のとおり審判する次第である。
(家事審判官 沼辺愛一)